死・生についての雑考

 

不遜にも始め、死についてアレコレ考えてみようと思った

迂闊であった

死を考える時、死と対峙する生を凝視せねば死を論じる事が出来ないことに気がついた(笑

い)

古今の哲学者や宗教者ですら永遠の疑問符、大問題である

いや人生の黄昏時期にさしかかつた地球上の全ての人間が、一度は向き合う命題である

現時点、緊急に差し迫った問題ではないが???????!!!!!!!!一応心の準備として考えておく必要

がある

敦盛にあるように、昔は人生50年と言われた

今は男女とも平均寿命80年時代である

今年60歳を迎える

そして、それを記念して身近な人に参列願い、今年中に生前葬をしようと思っている

人騒がせな男だが(ホント)、これも人生の区切りと考えている

生前葬の後、一定期間を置いて、出来れば、自分の命は自分で手厚く葬ってやりたいと、

密かに願っている

多分勇気が無くて、無理だろうが(笑い)

さて電子顕微鏡でしか確認できない微生物から、万物の霊長である人間も含め、地球上の

全ての生物は自分の意思で生まれてはこれない

地球上の全ての生物は、自分の意思とは無関係に、兎に角、生まれてきたのである

反対に地球上の生物の中で、自らの意思で死を選べる(自殺)生物は人間しかいない筈である

鯨やイルカなどが、波打ち際に自ら、または集団で押寄せ死ぬ光景があっても、それは死

を明確に意識しての行為、我々が認識する自殺行為ではないであろう

高等知能のチンパンジー・カラス・犬でも自殺と言う行為を知覚しているとは到底思えな

い

他人を殺す事は殺人である。

自分を殺す事を自殺と言う

自殺未遂をしたからと言って、刑務所に収監される事は無い筈である

現行法は、自殺はあくまで、自分自身で裁く罪であって、本人以外からの裁きを放棄して

いる

自殺が成功したら逮捕できない、また失敗しても確か前科はつかない筈

自殺は罪!?または罪悪感を抱く基底には人間の命は神から与えられたものとする、宗教的観

念が横たわる

とりわけ西洋のキリスト教的思想が我々の心の基底に呪縛的にある

昔、ビックバン宇宙の提唱者、イギリスの物理学者ホーキング博士が神の存在をどう捕ら

えているか非常に興味があった

また「宇宙には意思がある」のアメリカのNSA研究者・桜井博士の本も非常に興味深く読

んだ事があった

どちらも我々凡人が考える神の概念では無かったと記憶している

自殺=死である。死に対立するのは生である

孔子の言葉に「吾未だ生を知らず、いずくんぞ死を知らん」

孔子ですら死生が何であるかを知らないと言う、

生きる意味、生かされている意味、生を知らない私が生に対峙する死や自殺を論じるのは

傲慢である事は承知している

早く死にたいとも思わないが、長く生きたいとも思わない

職業はアルバイトも含め約23種、親しく交わった女性が約60人、仕事で氷見市と言う小

さい地域ではあるが仕事で独占的、制覇したのが2度である、5000冊前後の本を舐め、ビ

デオ・漫画、カセットテープなどの鑑賞も、それに匹敵する数である、そして世界一の「寶」

と出会いその奇跡の寶解明の拙著を書き表した

普通の人の、3倍の人生を経験した思いである

だから私は、現在自分自身の年齢を×2、120才と思っている

振返って中味の濃い人生、地球上で何人もいない痛快な人生と満足している

痛快な人生の「痛・快」は「痛い」と「快い」の文字の合体である

快い事も、痛い事も山程あった、

生前葬のあとは一日一日懺悔の人生でしか無い、

人に表彰されるような人生では無い

軽犯罪法の山、いや罪を合算し、自らを裁いたら自分の年齢と同じ懲役120年である

閻魔大王の前に出たら、絶対に地獄行きであろう(ホント)

真面目に自らを評価したなら小心な小悪人、薄っぺらな偽善者である

しかし秦の白起、そして毛沢東やヒットラー、スターリン、カンボジアのポルポトそして

先日死んだミロシェビッツなどから比べたら、可愛いものである

偽善と罪、赤点スレスレ、ボーダーライン、これからの偽善の積み重ねの善行、追試験で

40点ライン到達を目指す

何とか40点に達しても地獄と天国交互の裁きであろう、死して尚、痛快なあの世(笑い)を

願望、チョッとムシが良過ぎる(笑い)

だいたい若い時代は別として恋愛そのものが、お互いの誤解より、騙しの部分のウエート

が断然多い(笑い)

またも、本領発揮、原稿が支離滅裂になってきた

話を戻す

生きる・生きている・生かされている意味、そして生命・生物とは・・・・・・

地球の大地に、大宇宙の星の数程の微生物がいると言う

また人間は60兆個の細胞からできており、更にその細胞一つ一つに30億個分の遺伝子情

報が蓄積されていると言う(参照・精神と物質)

「参照・現代哲学辞典」を参考に時間を光の速度また直線と規定した場合、私と言う生命

体のいる位置は、無限の光の線上、その超ミクロの一点にいる

最近の科学書によれば地球上の全ての生物の遺伝子が、人間の遺伝子の中に存在するとい

う

正に一人一人の存在自体が奇跡の中の奇跡、宇宙の奇跡と置き換えても何ら不思議ではな

い

更に考えるに何千万匹と言われる精子と卵子が結びつき私が生まれてきた

父も母も祖父も祖母も、さらに祖父母も遡れば、これまた天文学的確率の中から奇跡的に

生まれた自分が存在する!

著書「宇宙には意思がある」のように”沈黙する”この大宇宙に何らかの意思の存在を感ぜず

にはおれない

死生一如と古今の高僧は説く、凡夫には到底、達し得ない境地である

しかし最近、私には宇宙の意思が何となく伝わってくるような気がするのである

いや、その意思が強く感じられる

中国5000年の至宝、太極「寶」を解明してそれを強く感じるようになった

いずれにしても、未処理の問題が多すぎる

父や祖父のような眠るような大往生は期待できない

断末魔の最期か・・・・野垂れ死にか・・・・

自殺は万物の霊長、人間だけに許された、最期の最期の特権

最期の時、大地に別れのキス、そしてマツタケと氷見牛、松葉蟹、刺身は鯛そして日本酒、

更にシュウクリーム・ケーキ山程食いたい(笑い)

この元気だと、今年も何とかもちそうである

平成18年3月14日