山篭り

 

生まれて初めて目から鱗が落ちたのがゴミ戦争の時の自問自答であった事はお話した

そして約1年間狂ったように本を読み漁った事もお話した

そして義兄の倒産と自殺・・・・・・・・・・・・・

大兄能田さんとの出会い・・・・・・・・・・・・

またいずれこの「熱風録」のコーナーではなく「承禎の風景」で大兄以外話す機会もあろ

うが、素晴らしい人たちとの出会いがあった、

★末尾に補足コーナーを設置します。クリックいただければ大兄能田さんの人柄がお分か

りいただけます

いずれにしても私の心の中に、生きるとは何か、自分とは何か、果たして自分はこれで良

いのか???!!!!!そのような疑問が絶えず渦巻いていた

これでは自分自身に確信がもてない

このような不安定な精神状況では家族を守れない

一時の勢いを失った千里ブロックの仕事を何とかこなしながらも、私にとってこれらの疑

問は絶えず付きまとっていた

当時営業の合間に私は二上山のある喫茶店へ時々足を運んでいた

そして山腹の脇に毘沙門堂と言う祠がある事を知った

私は意を決した

自分を徹底的に見つめ直そう・・・・・と

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テーマーは「自分とは何か」であった!!!!!!!!!!!!!

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5月頃であったろうか・・・・・

記憶は確かでは無い

風の強い日であった

この自分自身の問に答えが見出せないなら、山から下りないと

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これでも当時は悲壮な決意であった

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毘沙門堂の周囲に人家は遠い

そして当時毘沙門堂には裸電球が1つあるだけであった。

(昨年毘沙門堂を訪れると色々な立派な仏具が置かれてあった)

夜が更けてゆくと、辺りは風の音以外完全な別天の闇に包まれる

もし今、そこで一晩一人で過ごす事は間違いなく遠慮するであろう

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私は堂の中で座禅を組みただ一点を見つめ「自分とは何か」その一問を問い続けた

勿論夜中一睡もしない

1日目は答えが出ない

2日目も答えが出ない

3日目の夜

それは嵐の日であった

激しい風雨で全山が唸りをあげていた

無念無想の中、突然落雷が私に落ちたかのようであった

カッと目を見開き、ハタと答えに行き着いたのである

再び目からボロリと鱗が落ちた

私はそのまま朝まで静かに座禅を組んでいた

そして下山する事にした

平成19年1月5日

 

■補足コーナー「大兄能田様」