パテント販売余談編

 

一次二次のパテント販売で中部・近畿・北信越8県の、大手中堅のコンクリート二次製品会社の

80%を走破してきた

現在のように車にカーナビがない時代である

電話帳の職業欄を頼りに、1軒ずつ会社を探し順路決めてのブッツケ本番のセールスであ

1年間、どれくらいの距離を走ったのか見当もつかない位走った

当時は間違いなくオイルショクの時代であった

なぜならライトバンの後部に、ガソリンをポリタンクに入れて走っていたのを覚えている

@そうそう近江八幡のとある食堂に入ったら、花札をしている中に入れてもらってビール

を数本飲んだ。

それから宿を探していたら2人の若い警官の職務質問に合い、飲酒の嫌疑で免許証を警官

に渡したまま脱兎の如く逃走!!!!!!!!!

大量の飲料水を飲んで翌朝4時頃,近江八幡本署に出頭・・・・・当時核マル派などの学生

運動家の一斉検問中で、間違えられて:県下に非常線を張る寸前だったとのことで、脂を搾

られたが、飲酒の嫌疑不問で無事放免・・・・・・ヤッター!!!!!!!

 

Aそうそう米原方面からと高島方面からの合流点にある大津検問所の黄信号を120キロで

突破、瞬間バックミラーにバタバタと警官がパトカーに乗り込むのを目撃・・・・・ヤバ

イと思った瞬間、進行方向左側の10数軒のレストランに横付けの大型長距離トラックの

陰に咄嗟に隠れる

そして通り過ぎた追跡のパトカーの後に直ぐピタリと付いて悠然と後続を走る・・・・・・・

!!!!!!!!!!!!!

サイレンを鳴らし何処までも追跡するパトカー

私はその後、2・3台後から追走!!!!!!!!

永遠に追いつく事は不可能!!!!!!!!!

追跡車は後ろである!!!!!!!!!

とうとうパトカーは諦めて引き返して来た

当時私は真っ赤なカローラであった

引き返して来たパトカーは私の車を、即発見して止まれのサイレン

赤信号無視・・・・記憶にありません

スピード違反・・・急いでいたので多少は出していたと思うが覚えがありません

ドライブインに隠れたのであろう!!!!!!

イエ普通どおり走行してきました

明日誕生日で、急いでいたので申し訳ありません

免許証の生年月日を見て・・・・・・・・ムムムムムムムム合っている

     ・・・・・・・・・・・・・

しかし隠れたのは間違いない!!!!!!!!

それだけは絶対にありません

・・・・・・・・・・・・・・

飛ばした赤紫の車、猛スピード走って行きましたよ

     ・・・・・・・・・・・・・

二人の警察官は、ワカッタ!!!!!!

一方の若い警官は地団駄を踏んでいた

・・・・・・・・・・・・・・スイマセン・・・・・反省

     ・・・・・・・・・・・・・・・

これも結局不問、・・・・・・・間一髪セーフ

(詐欺師・ペテン師の才能あり)

 

B新潟へ行く時途、大好きな田中角栄の生家に立ち寄る

そして、家の後ろの生垣を越え庭に入る

畳4枚分程の一枚岩に記憶にはないが、銘文が刻まれてあった

当時はまだ警護が甘かったとしか言い様が無い

今なら家宅侵入罪で逮捕・・・・・・・・これもセーフ

田中家の斜め前の家の方が大きかったのが印象的であった。

当時でも氷見の近郊周辺に田中総理と同じ大きさの家が林立していた

     ・・・・・・・・・・・・・ホント

 

C新潟まで確か350`位であった筈である

当時、高速道路は無い

交通の難所、親不知を通って約片道5時間30分〜6時間程と記憶している

新潟に着いて直ぐ虫歯が痛んだ・・・・・・・・参った

泊まる事を断念して即帰路につく・・・・・・・・

猛スピードで氷見についた頃、痛みが引いた・・・・・・・・

痛みを忘れるため猛スピード返って来た。

子どもの頃から歯の痛みに弱いのである!!!!!!!

疲れた・・・・・笑い

 

Dこの挑戦はこの後の、第二次パテント販売の話である

一挙に全国制覇出来ないか????!!!!!!!

と、確か新宿の高層ビル(霞ヶ関ビル?)にある日本の大手大成建設の東京本社へ出向い

受付は、取引や売り込みの客で整理券がいるほどであった

到底社長と話は出来ない

その数ヶ月前、呉羽の県立図書館に立て篭もって、当時の高速道路以外の道路計画総延長、

また宅地造成などの土留め予想平方総数などのデータを集積して販売ガイドを作成した

売り込みターゲット社に上場会社中堅の世紀建設があった

社長は大島と言う,東大卒、建設省OBであった

社長と直接会えないかと策を練った

電話でアポを取るにも、まず受付、そして秘書課、秘書長3セクションを突破しなけれ

ばならない

見ず知らずの田舎者しかも突然の電話を相手にしてくれる訳など万に一つの確率も無い

しかし私の秘策はそのゲートをまんまとパスし、しかも社長から社外で30分時間を取

る事に成功したのである

私には、間違いなくペテン師の素養がある!!!!!!!!!!ホント

大島社長は私を面白い人間と思ったのに違いない

この面白い若造に1つ会ってやるかと・・・・・・!!!!!!!!!

今も覚えているのは、私の調べてきた統計を駆使しての説明に「よく勉強してきたネ」

と一言・・・・・嬉しかったね

 

その他パテント販売のこの頃の色々な事が連続フラッシュになって蘇る

     ・・・・・・・・・・・・・・・

若かったのである

平成181224