阪神大震災から24年
新聞で阪神淡路大地震から24年が経った事を知った
自分の社会人の出発点が神戸であった
当時震災をテレビで知ったが、自分はボランティアに行ける状況で無かった
当時テレビを見ると、自分の通勤していた三ノ宮駅前のビルが横倒しになっていた
当時自分は[寶]本執筆の真只中であった
当時、一分一秒を争う戦場であった
睡眠時間3時間を切る、まさに死闘を繰り広げていた
2時間30分が3・4ケ月続くのが3回あった
よくぞ体が持った
また当時●がお金を握り、自分は極貧状態で、義援金もできなかった
昔の同僚たちの安全を、心の中で只只手を合わせるだけであった
そしてこの平成年間、能登沖地震・東北地震、熊本地震・岡山の大水害と、雀の涙、僅か
ばかりの寄付をした
まさに、「あっ」と言う間の、平成年間であった
昭和で生まれ、平成を駆け抜け、本年で平成が終わりとなる
元号3代を生きることになる
あと2年生きればオリンピックも2回観覧できる
平成承禎の戦いは佳境に入り、ラストスパートである
新春早々とてつもない情報が飛び込んできた
信じられない超ビックな情報である。
今は言えない!
やるぞ!!!!!