呉市 原稿A・遣唐使船・倉橋町
本年4月・沖田先生の招きで岡山県呉市へ行って来た。
「寶」の黄土高原・節度使などの最終解明やCD作りで、この原稿
が入力できなかった
今思い出して書いている
福山まで新幹線でゆき、しまなみ海道を往復した。
以前、しまなみ海道の美しさに見とれた
それで時間があったので、もう一度車を走らせ四国に渡り、とんぼ
返りをした。
そして呉市に向かった
そうそう呉市には戦艦ヤマトの大和ミーュジアムがあった
そこに海上自衛隊の潜水艦基地もある
近くに「尾道の文学の道」も立ち寄った
文学の道は二度目であった
そして承禎にとって一番興味があったのは船大工が遣唐使船を建造
したという、倉橋町である
そこに「造船歴史館」があり、実物大の遣唐使船が展示してあった
この船で阿倍仲麻呂や吉備の真備等の遣唐使たちが海を渡った
「寶」を研究しているとき、倉橋町を知らなかった
何でも体験主義の承禎である
兎に角日本中、行かないと気が済まない
平成30年12月25日