吉野博士A

 

私は「寶」本の製本前の段階で高名な博士に推薦の言葉を巻頭に戴けないかと思いあぐね

ていた

候補者は勿論吉野博士が一番で、今一人道教研究で有名な東大福永光司博士を想定してい

勿論私は、福永先生の著書も何冊か舐めていた

だから私の初版本に福永先生の伊勢神宮御神体の推論に触れてある

福永先生もなかなかであるが、「寶」により近い先生は吉野先生と圧倒的に軍配を上げてい

その吉野先生と私の師匠黒川先生と小学館の付録であるが、研究論文で同席されていたの

である

奇遇と言うより私には天のお導きであった

私は黒川先生に吉野先生と福永先生の話をした

黒川先生は「「寶」本に絶対的に近いのは吉野先生であろう」との同意見であった

勿論黒川先生は野におられるとはいえ、それまで何十年間万葉集を中心に、中国研究まで

領域を広げ、並の先生など傍にも寄せ付けぬお方であった

論文で同席したとはいえ、黒川先生は吉野先生と直接の面識は無い

それでも私は黒川先生に紹介の書状をお願いしたのである

その手紙の下書きが末尾の書状である

書状には、「一点の非の打つ所が無く」とある

そして吉野先生から黒川先生へ、更に私の自宅に電話連が入ったのである

吉野先生が現在執筆中の『陰陽五行と日本の天皇』の中に「寶」を載せてもいいですか?!

との打診の電話であった

平成191025

★黒川先生の手紙の下書き