東京(三)&鎌倉
鎌倉市街
長谷寺
鎌倉は小学6年生の修学旅行で行ったきりである
鎌倉の記憶は大仏があるだけで、ほとんど初めてといってよい
鎌倉五山?!の寺社の創建時の管長は何代も中国の帰化僧であると書物で読んだ
そのため、承禎は帰化僧が「寶」を日本国にもたらしたのではないか?と執筆時、疑って
いた。
その可能性はゼロでは無い
それが承禎を鎌倉が引き寄せた
であるから鎌倉を是非とも訪ねてみたかったのである
その五山の中の最大のお寺である建長寺は是非とも見ておきたかったのである
事前の調べで東京から鎌倉まで電車で、約一時間で有る
それならば東京から1日あれば十分である
しかし、観光の時間予測ができないので、観光専門のタクシーを利用しようと初めから決
めていた
良く勉強したタクシー運転手で、フムフムと聞き役にまわっていた
最初に大仏寺、長谷寺そして建長寺に鶴岡八幡宮と廻った
そのなかで、やはり建長寺の威容は抜きんでていた
武家の鎌倉幕府である
建長寺の威容は京都や奈良の寺院と違う、日本で初めての武家幕府の雰囲気をかもしだし
ていた
次の長谷寺の展望所で鎌倉の街を一望して全体を把握した
そして有名な鶴岡八幡宮に参拝し、そうそうに鎌倉を後にした
最早、鎌倉に心残りは無かった
承禎の心は明日の国立博物館に飛んでいた
「寶」は天命、そして天から降臨したのである
「寶」と承禎の前途は天のみぞ知る
建長寺 鶴岡八幡宮