第二章(九)『易と漢数術』

 

『?辞上伝』には一から十までの数についての記述がある。

 「天一地二、天三地四、天五地六、天七地八、天九地十。天の数五、地の数五。五は位相得て各々合うことあり。天の数二十有五、地の数三十。およそ天地の数五十有五。これ変化を成し、鬼神を行なう所以なり。」

一から十までの数のうち、奇数は天(陽)、偶数は地(陰)である。つまり、

  天数 一、三、五、七、九

  地数 二、四、六、八、十

と分け、天地の数は各々五つずつである。天地の五つずつの数は、その位をもち、互いに結び合う相手、「合」をもつ、というのである。

「易と日本の祭祀」人文書院

吉野裕子著

 上記は「易」と「数」の関わりを記したものです。

本書の進行上ここで、「寶」の印面に記された奇跡の韻文、九文字の謎を

解くには,この漢数術を用いなくてはなりません。

当時私はどうして、この謎に突き当たり、そしてどうして突破したのか、

今もって不思議でなりません。

私は『大漢和辞典』全13巻の約5万字と、その字句を一つ一つ(つぶ)していたのです。

全編仕上げ、この『大漢和』を4・5往復しました!!!

アホか馬鹿に間違いありません。

アホの願いが天に通じたのでしょう。

その『大漢和』に、

「漢字」の「漢」は天の川。

象形文字の「象」は形どる。

「文」とは現象。

「文言」は乾坤(けんこん)二卦の解釈。

「文象」は日・月・星“天文”を発見する。

そして、

文字の画数は古くは「畫數(かくすう)」と表記し「畫」は謀計(ぼうけい)、そして“平面上の物の形象”

“易の卦爻(けこう)組み立ての横段”また「數」は方法、暦法、筮法(ぜいほう)の意味とあります。

「数術」とは陰陽家、()()家の術またその書です。

即ち、漢字の画数は易の卦爻で、謀計され隠してあると言うのです。

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しかるに私の知る限り漢字の研究でこのような研究書には1冊も出会いませんでした

今もって驚きです。

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そして冒頭の文献と黒川先生からお借りした『道教辞典』(文献67)で私の瞳孔(どうこう)

カーッと開かれたのです。

道教の辞典であり漢字の辞典でもあるこの『道教辞典』におびただしい漢数字が居並ぶのです。

この『道教辞典』は黒川先生が中国上海から直接取り寄せた辞典です。

中国道教は1〜10までの数位にもあらゆる神々が宿ると考えてきました。

そして奇数は天、偶数は地。

さらに1〜10までの合計数は55で“天地の総和”

10は1に戻り、1〜9までの奇数と偶数は4対5で“陽九の法”

「九」は「太」永遠“陽の極”。

「一」は「極」で、天下宇宙でただ一人、それは皇帝の数位。

「五」は「木火土金水」五行五材を陶化する天子皇帝の数位。

「六」は陰の極、天地の始まり、天地未明の数。

この「一」「五」「九」の陽数と皇帝の数位。

そして「六」の極陰の数位は「寶」の解明と証明に関する最重要数ですので記憶しておいて
下さい。

本書で約1300年間、登龍門に天隠されていた奇跡の九文字の秘密を解き明かす筈です。

  私は学者ではありません。

だから解釈も荒っぽい。

そして定見がありません。

脳味噌の中は道教の奥義“無”に通ずるカラッポ、空の世界です。

ですから常識も(こだわ)りもありません。

単純極まりない陰極、「六」への好奇心と執念それが実態です。

(八数位は開脚(かいきゃく)、六は八に(なべ)(ふた)で天地未明バージンです)

その「六」数位の追求の執念により遂に「寶」の“第二の扉”は開かれた。

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!!!!!!!!!!!!!!!!

そこは漢大宇宙、果てしない銀河、北極星が瞬いていました。

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大パノラマ!!!!

素晴らしい眺めでありました。

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                  平成1932