「寶」の翁

 

古美術の鬼才であった

新旧の「寶」本にも翁の事は書いた

私は翁と黒川先生に勉学とはかくあるべき、を教わった

翁の和歌の研究本に引かれた青線、赤線、波線そして注意書き、綴じ挟んだ注意書きの多

さに私は驚かされた

黒川先生の携帯豆辞典も同様であった

黒川先生の豆辞典は太いゴムひもで括られ、四角い辞典が丸くなってといた

とにかくその紙面を見ただけで何十回いや何百回読み返しているか、想像できるのである

本が擦り切れているのである

「寶」解明の手本になった

そして私に「寶」と「瑠璃の壷」を破格の値で譲って戴いたのである

翁の心は命脈を私に託したのである

その「瑠璃の壷」を妻は持ち去った

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親類縁者の少ない翁の葬儀を手伝った

翁の霊前に完成した「寶」本を添えた

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「寶」本には翁の名は一切伏せてある

奥様は病床に伏せておられる

娘様はその介護に付きっ切りである

無用な気苦労をおかけしたくない

骨董の世界は魑魅魍魎の住む世界である

静かにさせてあげたい

それだけである

平成19718