そのD「手書き」
第一回目の小誌までは手書きであった
ワープロが出来なかったのである
差し挟みの文が多くて、紙面がカチャカチャであった
書いた本人が分からなくなる程であった
そのため何度も何度も消しゴムで書き直した
印刷屋さんの奥さんに物凄く迷惑をかけた
奥さんは金沢大学卒業の才女であった
あの酷い文面を良くぞ不平を言わず、仕上げてくれたと、感謝しかない
当時ワープロの存在を知らなかったのである
仕上げ終わって奥さんがワープロを覚えられと2回程言った記憶がある
よほど私の文面の解読が酷かったのであろう
今思うとムチャクチャな話である
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ホント
平成19年7月15日