記憶に残る食べ物と食事A
@ サラリーマン時代、輸出入の船の仕事をしていた
そんなある日、台湾船籍の船が入港した
その船で昼食をご馳走になった。
船乗りの航海中の楽しみは、三度三度の食事である、
しかも荒くれ者も多い
コックは下手な中華料理店のコックより上手な人がいる
しかも中国人のコックさんである
海老とチンゲン菜か何かを加えた油いためと記憶している
それに、二・三品あった
兎に角、美味かった記憶が今も鮮烈に残っている。
A 「寶」解明に突入する前の最期の女性で、16・7年前である
一目ぼれして付き合っていた超美人のエラーがいた
ヨーロッパのウクライナ国籍で、金髪、超グラマーであった!!!!
学生時代バレーボールの選手で専門学校を卒業したナースであった
二人で、色んなところにドライブした
毎日、毎日会った!!!!
サラリーマン時代、船の仕事をしていたから、日常のロシア語と簡単な英語、それに身振
り手振りで、意思の疎通に、殆んど支障は無い
そんなある日、彼女が母から教わったウクライナの家庭料理を作ってきてくれた
ボルシチであった
アパートで心を込めて作って来てくれた
二人で公園の芝生で食べた
好きな女性の心のこもった料理は最高であった
今もウクライナとロシアの緊張は厳しい
テレビ報道を見ながら、どうしているやらと心が疼く
二度と会うことも無い異国、そして遠い昔の話となった、
離婚も私から請求し数年前に成立した、最早、何の支障も無い
・・・・・・!
食事は粗食、女性は絢爛豪華!!!!
今では、恐らくビヤダルになっているだろう
枯れた牡丹や薔薇は無残
思い出が一番
甘美な思い出に生きられる
ホント
平成22年1月24日