改訂「寶」本を書き終えて
このHPの読者の方はご存知の通り、先月2月20日より書き始めて、3月15日でほぼ
書き終えた。
3月15日は事務所にカラーコピー機が到着した記念すべき日でもあった
そして3日程で、写真と図の配置、そして添削と目次を作り上げて、一気に刷りだした
感激であった
昔夜中に何時間もかけて、コピーしていた
小段ボール箱10杯分である
明け方までコピーしていた。
別れた妻の無知、無教養、無理解でそうするしか致し方無かった
感動以外の何ものでも無い
いずれにしても約200頁の改訂「寶」本を、実質24日間で書き上げた
著書を3冊も出したM君が、そのスピードに驚いていた
実際に本を書いた人にしか分からぬ
私には深い自負があった
怒りにも似た思いである
日本中の諸先生方で、これだけの内容をこれだけの猛スピードで書けるか?と言う
平成承禎の自負である
しかもこれは小説では無いのである
壮大な歴史の史実解明の書なのである
推測、推理ではないのである!!!「寶」本は殆ど断定なのである
日本中の漢文化研究者を沈黙の池に放り込む、歴史書なのである
「寶」解明は、知識、学歴、権威、肩書き、怠惰、軽薄、常識、傲慢、それら全てを
木っ端微塵に粉砕する怒りの書なのである
書き上げ後、お世話になった諸先生にお手紙を差し出した
そして漢文化研究の総本山『日本道教学会』に通知した
どのような対応するか見ものである
世紀の戦いである
「日本道教学会会長」筑波大学の堀●氏がどう動くか見ものである
こんな傲慢極まる者があらゆる分野の長として腰を据えている
富山県●護士会会長も同じである
私は学者でも何でも無い、氷河期と言われる家業をしながらである
君らのレベルでは、到底無理との深い深い自負がある
彼らへの怒りが、私に猛スピードで書かせたのである
平成19年4月6日