大往生
私が祖父に教えてもらったのは、五並べと、無駄口を叩かないこと、そして死であろう
私は父親の臨終にも兄と妹の死にも立ち会ってはいない
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そういえば父親も私の前で余り喋らなかった
反対に私は母親の血なのか、祖父父親と反対に結構喋る
祖父も父親も、仕事や自分の生きてきた過去の事を話さなかった
その点で二人に及ばない気がする
このHPで自分の洗いざらいを書いている
もっとも、自分で消してしまった人生には極力触れないようにしてはいる
それでも、遠まわしに・・・・●などでチラリチラリと触れている
人間が出来ていない証拠とも言える
いらぬ所に話は逸れた
私は祖父子であった
だから祖父の臨終までの半日近く傍らにいた
祖父は大往生であった
確か私が高校生の時であったと記憶している
死とは、そんなに苦痛でなく、なんと静かに死ねるのだろうと心の中でおもった
イビキをかいて、眠るように死んでいった
立ち会えなかったが父親も眠るように死んでいったとのことであった
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祖父の時、人間は死ぬんだ!!!と云うことを目の当りにした
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今、私の心の中に明確に死を意識している
死を意識していると、生の大切さが大きくなる
私の場合「生」=時間である
時間の密度は他の人より格段に大きいと思っている
その点で、他の人より長生きをしている
少なくとも、人の3倍はいろんな事があり、人より3倍の人生を送って来たと満足してい
る
だから私は現在、軽く百歳以上と自認している
宇宙の法則である
密度が詰まっていればいるほど、逆に時間が短い
不思議なものである
残された人生も瞬きであろう
話はまた逸れたが、私は祖父や父のように人間が出来ていないし、徳も積んでいない
二人のような死は到底望めないであろう
これから一生懸命陰徳を積んでも無理だろう
断末魔か、野垂れ死にであろう
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平成22年1月11日