炭・薪配達
我が家は私が4年生頃まで炭屋をしていて、5年生頃には廃業した
したがって小学校1年〜4年生頃であろう
今でも鮮明に覚えている
雪の頃、雪ソリに炭や薪・練炭を載せて配達するのである
そんなに遠くまでは配達しない
ソリには炭なら2表は載せた
練炭は炭より重く、せいぜい二つ位である
しかし、ソリの荷台は畳一枚より、子供には少し大きめであった
そのソリは現在の事務所に建て替える前の倉庫にあった!
荷台を引く、引き手はソリの長さとほぼ同じ長さで、小学生低学年の私には、かなり厄介
な代物であった
今の子供では恐らく無理であろう
遊びで鍛えた体である
当時、氷見の商店街にアーケードは無かった
であるから、歩道にも雪があった
そこを引いたり、反対に押したりして配達するのである
よく覚えているのは、今は無くなった本町の布施膳書店である
子供には結構距離が有る!!!雪が柔らかくても、引きにくい
歩道は人の足で適当に踏み固められていて引きやすい
しかし、お店の前を綺麗に除雪してあると、子供の力ではどうしようも無い
その頃は、氷見の本通りの商店街は人で賑わっていた
私が途中難渋していると、何時も大人が軽く押して助けてくれたのを覚えている
冬の私の恒例であった
そうそう、その頃今の中央通り、当時は舗装してなかった時代であった
それ以前であろう、時々馬車も通っていたのを、鮮明に覚えている
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平成22年1月26日