堤の放流
今はなくなったが南部中学校とバイパスの間の堤と記憶している
何年かに一度、堤の水を抜く時があった
近在の農家の人が総出で鯉や鮒、食用蛙を捕らえるのである
私は子供で堤の中には入らなかったが、下流の水路にタモをあて鮒を捕まえて
いた記憶がある
堤の中は大人たちの戦争場であった
情報は水関係に強いサトシからであった
翌日サトシの家に、桶一杯の、鮒や鯉がいた
生まれて後にも先にも初めて焼いた食用蛙を食べさせてもらった
淡白で柔らかい鶏肉のような食感であった
何でも思い出す
平成21年12月7日