「寶」解明への序曲(五)

 

陶磁器に果たして文字は()れるのか。

この事も経験の無い私には、確かめる必要があった。

幾人もの印章店のご主人にお聞きしたが、皆さん色々な印材で彫った事はあるが

陶磁器の経験は無いと言う。

しかも陶器ではない、磁器(じき)です。

約1300度で焼き固めた材質です、自然石より硬い!彫る(のみ)も大変だとの感想

であった。

私はこの初期段階で、なぜ焼き上げの後から彫ったのかとの疑問にはまだ至らなかった。

通常印は文字が鮮明です。

しかし「寶」が皇帝の玉璽にしては文字が不鮮明の印象を受ける。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

印面を見れば焼き上げた後に彫った事は一目瞭然(りょうぜん)です。

 

もちろん現代のような機械(ほり)ではない事は明らかです。

獅子の造形を見ても分かるとおり、これだけの焼き物を焼く技術があれば、焼成前に

文字を彫って焼き上げれば、鮮明な文字が浮ぶ筈です。

しかも、篆刻困難な陶磁器に文字を彫る必要もありません。

この疑問は私の心の中で絶えず(くすぶ)っていたのです。

しかし「寶」執筆解明の段階で、その謎が一瞬にして解けるのです。

約27年間の歳月をかけて焼き上げた皇帝の神器・太極「寶」です。

「寶」は何十万個、いや何百万個焼き上げた中の、奇跡の一個です。

老子の再来と謳われた、道教の最高導師、司馬承禎が考案した奇跡の文言です。

まさに漢大宇宙を「九文字」に“太極”した“神の文字”であります。

唐朝の宗廟に(まつ)る神器です。

壮麗な大伽藍(だいがらん)を建造し、その神殿に唐朝の神器として祀る「寶」です。

延べ何百万人・何千万人の職人が(たずさ)わった筈です。

この神の文言が彼らの目に触れてはならぬのは当然であります。

私の疑問は執筆中に電撃的に解けました。

「寶」製作期間が唐代、開元(太極)〜天寶の30年間であります。

いずれその根拠も本書で明確に提示する所存です。

平成19224