「寶」への序曲 (四)
私に疑いは無かった!!!この獅子印は、各々好き好みはあろうが間違いなく中国陶磁器
の10指に入る国宝級の品であろうと確信していたのです。
しかもこれは金銭で譲り受けたものでは無い!
翁の命ともゆうべき品です、即ち命脈を託されたものである。
軽々に売り飛ばす品では勿論ありません。
時間をかけて今一度、一から調べる必要がある。
バブル期の分水時、まだ本業が好調さを失っていない時期でした。
毎日の仕事に追われながらも、私はこの獅子印の下調べを怠る事はありませんでした。
それでは最初に調べようと思った事、そして調査した事を記しておきます。
「寶」解明の序盤戦です。
まず陶印は殆ど耳にした事が無く、過去の美術雑誌でも目にしたことはありませんでし
た。
果たして陶印は、日本また中国に現存するのか?!
@「原色陶器大事典」加藤唐九郎編「考槃余事」に「宋代官窯に印章あり紐の妙述べつく
すべからず」また明代にも焼いたと言う記述が載る。
しかし記述内容は著者も現物を確認した事は無いようであった。
この記述がその後の予断となって私に相当な時間の消耗を強いるのである。
A私は東京、仙台、名古屋、大阪、京都、福岡、の老舗骨董商に電話を掛け陶印の取り扱い
の有無を問い合わせたが、一度も取り扱った事は無いと言う。
B今も親しくする骨董商が、静岡県の大和文庫と言う名の中国古印専門店があると情報を戴
いた。
電話を入れ陶印の取り扱いの有無と、収集家間の噂を尋ねるが過去に一切耳にした事が無
いと言う。
C岩手博物館に太田幸太郎と言う篤志家が中国古印約1000点を寄贈している事を耳に
して、学芸員の方に問い合わせるも、玉、銅、石、木、竹、色々な材質の古印はあるが陶印
だけは無いとの事でした。
Dそして知り合った禅野氏が、骨董収集家であった兄と戦前中国に渡って中国全土の骨董品
店をくまなく見て回ったが、陶印と1回だけ出合ったが、これ程大きく見事な陶印ではなか
ったと言う。
それでも店の主の説明によれば、陶印は中国でも滅多に出回らない貴重な品、との話であ
ったと言う。
E中国古印の収蔵で世界的にも有名な京都藤井有鄰館に問い合わせると、中国の長い歴史の
中で無い事はないであろうが、陶印は非常に貴重な品であろうとの藤井館長のお話であった
F私の調査は執拗を極めた、第一回の「寶」本仮仕上げの段階にも東京日本橋「不言堂」
を訪ねた。
若社長の談によれば、台湾故宮に確か2点の陶印が展示されてあったと記憶する。
しかし記憶に残るほど立派な陶印では無かったとの談話であった。
以上調査段階で、陶印はまさに“幻の品”である事が分かったのです。
印文を今一度、調べる。
実は翁はこの印文を若い頃から友人であった先代大村三章堂(高岡市)の主に解読して
もらい、それを長年信じて疑わなかったのです。
実はこれが翁の痛恨事であった。
「日界・月界・太上老君勅」を「日界・月界・太子君勅」と誤訳していたのです。
当時よく出入りしていた不動産屋の社長に紹介戴いたのが、その三章堂の二代目の御当主
でした。
現物をお見せした後、印面の写真を渡し解読を頼み込みました。
二代目のご当主は、当時日本篆刻家協会の役員もしておられる御方でした。
天が私に解読を命じたのである。
その前後、並行してまさに天は、 臥竜の博人を遣わした。
故黒川総三先生その人です。
しかも私と同業の不動産屋でした。
黒川先生は、万葉集を何十年間研究され、中国語はペラペラ、漢字にかけては並の大学の
先生など完全に凌駕する御方でした。
その黒川先生と不動産売買の仲介を成立させて、不動産の仕事でお付き合いしていたので
す。
先生の事務所の書棚に中国の原文の書籍や辞典、万葉集関係の本が居並んでいるのです。
まさに大村三章堂のご当主に解読を依頼していたその二・三日も経たない日、私の第六感、
が閃いたのです。
私は獅子印を持参して黒川先生に解読をお願いした。
時間にしてどれくらいであったろう2・3分程であったろうか?!
その場で「日界・月界・太上老君勅」と解読されたのであります。
そして先生は解読したその場で“この文言はこれ以上の無い最高の文言である”と語気を
強めキッパリと言い放たれた。
私はその足で即、お願いしてあった大村三章堂さんに駆け込んだのです。
ご当主は、幾冊もの篆刻辞典を調べておられた。
私が「日界・月界・太上老君勅」ではと話すと、印面を見直し、ハタと!間違いない!
と相槌を打たれた。
そして、傍らの辞典を今一度開かれ“載っていない”!と一言、呟かれた。
まさにこの印文に載る篆刻文字は未発見の「老」の文字なのです。
「老」の文字はまさに史上初めて象形された神の文字なのであった。
かくて印面「日界・月界・太上老君勅」は確定した。
天は私に続々与力を遣わした。
この場を借り、黒川先生は勿論、大村先生にも深く感謝申しあげる次第です
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平成19年2月24日